「マンジュウ事変」
「マンジュウ事変」
その事変は突然起こった。
ぼくたち家族は昨年からチリのパタゴニアに来ている。移住を決めた。今年は永住ビザの取得に向けて動くつもりだけど、今は旅行者ステータス。ということで、旅行者ビザが切れる3ヶ月毎にお隣のアルゼンチンへの国境越えの旅をしてる。
お隣の国、アルゼンチンにはアンデス山脈を越えて行く。アンデスの山の向こう側には乾燥した大地が広がってる。
そんな乾燥した大地の一画に森のオアシスがある。エルボルソンという町。
僕たちはこのエルボルソンに17年間住んでいらっしゃる時雄さん、時子さんご夫婦と知り合うことが出来て、国境越えの度に、お二人の処にお世話になっている。
時雄さん、時子さんご夫婦(因みに本名!)は自然農を実践しながら、豆腐を作り、陶芸をしている。
豆腐は町中にある自然食屋さんに卸しているんだけど、これが大人気。
エルボルソンには国内外から移り住んで来たヒッピーが多くて、自然食文化がしっかり根付いてる。
そんなエルボルソンの中心にある公園では週に数回マーケットがあり、出店がずらりと並ぶ。
そのマーケットに出店していたのが、時雄さん時子さんご夫婦の友人、としさん。
としさんはチューリップの球根と木工細工を売っているんだけど、これまた大人気。
そして問題の「マンジュウ事変」は、としさん宅で起こった。
今回はとしさん宅にも泊めさせて頂く機会をもらい、夜、奥さんのエステルさんが食後のお饅頭を出してくれた。
エステルさんは日系二世で、ご両親は戦前に農業指導の目的でアルゼンチンに移住したそう。
ぼくは久々の和菓子の味を楽しんだ。
懐かしい味。美味しい。栗は入ってないけど、栗饅頭みたいな味。
包装されてないけど、大きさの整った、焼き目に光沢のある饅頭はどう見ても日本からのお土産としか思えなかった。きっと貴重なお饅頭のはず。
「このお饅頭は?」ぼくが尋ねると、エステルさんが
「あ、このお饅頭はね、コルドバ(アルゼンチンの都市名)にいる親が作って送ってくれたのよ。」
と言った。
「えっ!?」
衝撃だった。地球の裏側で、東京駅や羽田空港で「名物」として売ってるとしか考えられないようなお饅頭を作ってしまうエステルさんのご両親は一体何者なんだろうと思った。
あんは白まめを漉して作るそうだ。
アルゼンチンで手に入る食材は限られてる。それを上手に使って懐かしの味を再現する智慧。
味覚に説明は要らない。ぼくはそのお饅頭を頂きながら、エステルさんのご両親の人生に想いを馳せた。
今程交通の便、通信も発達してない時代の移住ってどんなんだったんだろう。
当時、日本のご両親に定期的に宛てた手紙が何らかの理由で届いていなかったのを知ったのはずっと後、日本でお母さん(つまりエステルさんのお婆さん)に再会した時だったそうだ。
そんな話をしながらエステルさんが見せてくれたノートには、みりんの作り方なんかのレシピが書いてあった。白ワインと砂糖でもみりんが作れるそうだ。
時子さんは手打ちうどん、お寿司、そして小麦粉と片栗粉で作った大福(これまた驚き。味、食感共に完璧!)なんかを行く度にごちそうしてくれる。
遠く日本を離れてその生活文化を守り続ける人達。
そんな方達に出逢うと、その生命力に興奮して、元気を貰う。
ぼく自身、これからパタゴニアでの人生を切り拓きながら、こういった人生の大先輩の生き様を日本の皆さんに伝えることが仕事に出来たら最高だな。
アルゼンチンへの国境越え小旅行を無事に終えて、川の流れを眺めながらそんなことを想った。
「ふるさとは遠くにありて想うもの」。
なんて境地に達するにはまだまだのパタゴニア生活。いよいよ本番開始だ。
写真:エステルさんが米粒を貼付けるだけの子供版のお灸を息子にしてくれた。これまた昔からある日本の智慧なんだろうな。

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