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2011-01-31

カッポ酒

カッポ酒
こちら高千穂名物カッポ酒。中に焼酎を入れて炭火にかけると竹の成分が染み出してまろやかに。山で生まれた粋な飲み方。

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高千穂の郷土料理

高千穂の郷土料理
高千穂の郷土料理、煮染め。優しい味がしっかり染み込んでて抜群。冷たいまま食べるのが通みたい。

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夜神楽のお面

夜神楽のお面
高千穂の夜神楽のお面。集落毎に持っていて、お面を作るのは男の仕事。迫力あるな〜

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2011-01-30

夜神楽

夜神楽
宮崎県の高千穂にて夜神楽なう。五穀豊饒を祝ってます。

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2011-01-25

我が家のご近所、ニッカウィスキー

我が家近くにある、ニッカウィスキーの工場に仲間と行ってみた。昔ながらの石炭直火炊きで蒸留しているのは、ここ、余市のニッカウィスキーだけとのこと。ここに美味さの秘訣があるらしい。ウィスキー、味を語るには経験足りないけど、「余市」の10年は確かに芳醇な味だった。

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2011-01-18

Earthist インタビュー

友達のまみおが根気良く付き合ってくれて、こんなにいい内容のインタビュー記事を作ってくれました。
結構長いですが、是非ご一読下さいませ。

【「旅」が教えてくれること】
Pick Up Earthist Vol.2は、大学卒業後、サラリーマンを経て、現在は木を植えて歩くお父さん、中渓宏一(なかたにこういち)さんにお話を聞きました。

Mamiwo(以下、M)>そもそもサラリーマンを辞めるきっかけは?

中渓くん>商社に入社して4年目の頃、1年間チェコ共和国の首都プラハに長期出張させてもらったんだけど、
その時に忘れられない出逢いがあったんだ。
彼は路上でアクセサリーなんかを道売りしてた。すごいユニークなものばかり。
彼はチェコの旅行雑誌のカメラマンとして世界中を旅していて、南米から帰ってきたばかりで、
ぼくが手にした森の妖精みたいな不思議なフィギア?っていうのかな、も南米で買ったものだった。
彼は満月の夜にマチュピチュ遺跡のてっぺんに座っている写真を見せてくれた。
その写真があまりに幻想的で衝撃だった。
「自分もこんな風に世界を旅したい!」って思ったんだ。
彼は見るからにヒッピー的な感じだけど、カメラマンとしてしっかり仕事をしていた。
大学を卒業したらサラリーマンになることしか頭に無かったぼくにとって、
「生き方は色々だよ」ってことを彼の存在に教えられたんだ。

M>それで旅に出たくなったの?

中渓くん>その日以来、旅をしたい気持ちは膨らむばかり。
それから1年ほど経って、今度はポーランド出張した時に出来た友人が、腑に落ちるアドバイスをくれたんだ。
「宏一、今やっている仕事で考えうる最高のポジションに居る自分を想像してごらん。
次に、旅をしている自分を想像して。どっちの自分がより活き活きしてるか。それが答えじゃない?」
この質問の答えをじっくり考えてみて、決心がついたんだ。
サラリーマンを一旦離れて旅に出ようって。
ちょうどその頃から強く思い始めていたことが、「地球の何処に居ても生きて行ける人間になりたい」ってこと。
その為には先ず、地球にはどんな場所でどんな人がどんな暮らしをしているのか知りたい。体感したい。
よし、じゃあ旅に出よう!って思ったんだよね。

M>旅をする、特に海外に出る意味って何だと思う?海外だから気付いたことってある?

中渓くん>海外を旅して一番気づいたこと。
それは当たり前なんだけど、自分が「日本人」なんだってこと。
そもそも、この「海外」って言葉自体が日本固有の言葉だよね。
日本は島国だから海を渡れば外国だけど、他の国の人は同じ大陸の中で国境っていう誰かが決めた境界線を境に、
他の国の人と共存している人たちが殆んど。
だから皆、何事にも厳しくルールを定めてるのかも。
海外に出てみて、そんなことを体感することも大事だと思う。
まさに、海外に旅に出るのは、地球人としてのルールを学びに行くことなのかも。
「常識」ってそこの住む人の多数決で決まるもので、
国が変われば、大陸が変われば、結構、常識も変わってくるものなんだってことが何となく分かってきた。
色んな大陸に足を運んで、その土地の人と接していくことで、地球人としての常識を持った人間になれるんじゃないかと思ってる。

M>世界を知ることで地球全体のことも考えられるようになるのかな。
EARTHISTとして大事なことかもしれないね。逆に日本に対しての気づきはあった?

中渓くん>旅をして日本に帰ってくると、日本社会は「誠実さ」と「勤勉さ」で出来上がってることが分かる。
実はこれ、地元の友達がブラジルに行ったときにブラジルに住む日系のおじいちゃんから教えてもらったんだって。
日本人のこの二つの性質があるからこそ地球の反対側にある国に移住することが出来たって。
確かにその通りだと思う。でもそのことは、日本人として、日本の中で暮らしているとなかなか気がつけないこと。
旅に出る機会をもらってそんな風に日本の社会の良さを教えてもらえたのは大きな財産。
旅をして、日本がもっともっと好きになれた。
旅の間、キューバやドミニカ共和国、ボリビアに住む日系の人達に出逢ったり、
アフリカのザンビアでは田舎でたった一人で活動するお坊さんにも出逢った。
皆、誠実で、シンプルで、あったかい人たちだった。

M>確かに海外にいると日本は他の国にはない素晴らしい文化、人間的素質や考え方をもつ素敵な国だって実感するね。
ところで、最近の若い人は海外に行かない、興味ない人が増えてるみたいだけど、
どうしてなんだろう?ノーベル賞を取った教授も、若い人たちはもっと海外に出るべきって言ってたね。

中渓くん>地元をこよなく愛する人が多いからかな。
実はぼくが旅に出たきっかけは、日本の社会に魅力を感じてなかったってこともある。
もっと他に良い社会、住みやすい社会があるんじゃないかって。
でも旅に出て、実は自分が居た社会はとっても魅力的だったってことに気がついた。
もしかして、若者たちは今の社会に結構満足していて、仲間ともしっかり繋がって生きてるのかも。
かつては出世を目指す垂直型社会だったけど、今の若者は仲間の繋がりを大切にする水平型社会に生きてるって感じのことをある雑誌で読んで、納得出来た。
海外へ旅に出るモチベーションって、好奇心も勿論あるけど、現状への不満、疑問みたいなものも結構大きかったりして、
それが以外と今の若者には無いのかなぁ。
でもこうやって日本の若者を語るには、ぼくももっと、広く彼らと活動を共にしてみないと分からないなぁ。
因みにぼくが一緒に歩きの旅をした若い世代は、皆やっぱり旅好きだし、
仲間と共同生活をしたり、夫婦仲良く市民農園で野菜づくりをしたりして楽しく、逞しく生きている。

M>かつてはバリバリのサラリーマンだった中渓くんだけど、今の活動で、サラリーマン時代の経験が役に立ってる?

中渓くん>やっぱり6年間仕事をさせてもらったことで、
サラリーマン社会がどうやって成り立っているかを教えてもらったのが大きいよね。
勝手に思ってるんだけど、6年間の会社生活で、ぼくは社会人としての「小学校」を卒業させてもらった。
本当に基本的なイロハ。いよいよこれから社会人本番!っていう頃に旅に出たわけだけど、
今こうやってサラリーマンとしてではなく、個人で社会と接する上で、
この6年間の経験はぼくの「核」のようなものになっている。
あの6年間は本当に貴重だったなって、歳を取れば取るほど思うんだよね。
この活動を通して企業向けに講演をしたり、企業サイトのブログを書いたり、
最近では環境アドバイザーとしての仕事をさせてもらっているんだけど、
自分の社会人時代の経験を基に、お仕事させてもらっている相手、会社の状況をある程度把握することが出来る。
この感覚はとても大事だと思う。
社会人してなかったら、その部分って結構「ブラックボックス」だと思う。
あと、これからは社会全体で自然環境に負荷をかけない生き方を模索する必要があって、
その為には社会の中核をなしている会社が変わらないといけない。
ぼくは自分のサラリーマン時代の経験を生かして、環境活動をしている団体、個人と、会社を繋ぐ役目を負っているんじゃないかなって思っているんだ。
(インドのビハール州にあるゴンガリア村での植樹)
M>どんな経験も役に立つってことですね。
ところで、中渓くんは素晴らしい仲間がいつも周りにいるよね。中渓くんにとって仲間ってどんな存在?

中渓くん>ぼくがアドバイザーとして参加させてもらっている、最近始まった活動の一つ、
貝印株式会社さんの環境活動「カイタッチアース」、このプロジェクトを実現させてくれたのが、
商社時代の同期。かつては共同生活もしていた相棒。
このプロジェクトに今、ぼくたちの仲間がどんどん参加してくれて、日々進化してる。仲間で社会に変化を起こすことが出来るんだってことを実感し始めてる。
そして、一緒に歩く仲間、その活動を支えてくれる仲間、そんな活動のことを知って、連絡をくれる仲間。仲間が居るから生きていられる。
実は仲間には結構しかられたりすることも多いんだよね(苦笑)。
でもそれが無くなったら寂しいもんね。支えあい、しかり合える仲間と一生楽しく過ごしたいよね。

M>その活動は私もみさせてもらってる。それぞれがしている仕事の延長上や、得意分野を最大限に生かしてて、
たくさんの個人と企業が結びついた新しい社会貢献活動のモデルになっていると思う。
何より、みんな1人1人が楽しんでいるのがいい!それが結局一番大事なんだろうね。活動が楽しければ永く続けられるし。
そうやって、叱咤激励も受けつつ、歩きながら木を植える活動を始めて、自分が変わったな、学んだな、と思うところは?

(長野の蝶ヶ岳山頂。時には本格的な登山も)
中渓くん>目的がはっきりしていれば、後はとにかく動き出すことが大切だってことを実感し始めていることかな。
それは旅の度に体感して、教え続けてもらっている。
2009年は半年間、小樽から沖縄まで歩いて木を植える旅をした。
出発する日と場所、ゴールする日と場所だけが決まっていて、後はなーんにも決まってない。
でも、家族で一緒に旅に出よう!って決心した。
出発一ヶ月前になっても、やっぱり本当に何も決まってなくて、流石にちょっと不安になったんだけど、
「旅が楽しく出来てありがとうございます。」って完了形で神様にお願いするといいよって知人に教えてもらって、
夫婦で完了形でお願いしたら、その日から本当に状況が変わって、仲間が集まり、旅に必要なものが整って、旅がスタート出来たんだ。

(2月、青森の八甲田山から十和田湖へ抜ける山道。寒かったー)
M>完了形ですることによってイメージができ上がるから現実化しやすいってよく聞くけど、まさに実践してるんだね。

中渓くん>いったんスタート出来たら、あとはとにかく歩いて木を植える旅を楽しむ。
ポールの言った「地球に愛を与える(大地に木を植える)と、地球はその何倍もの愛を返してくれる」って言葉は、
自分で旅をしてみて、より理解出来るようになったんだ。
平和の想いを込めて、家族、仲間、旅先でお世話になった人達、地元の子供達と一緒に木を植えると、
旅する仲間の心が一つになってきて、旅に大きな流れが出来始める。そうすると、さらなる出逢いが加速されて、
次の場所に行ってもまた、木を植えるチャンスが来る。
まさに上昇スパイラルが発生する感じ。この感じを体感させてもらったことは大きな財産なんだ。
そしてこの上昇スパイラルは、じっくり考えてみると、まさに奇跡の連続で発生する。
その、もとになっている日々の「小さな奇跡」に気がつくと、もっと心が豊かになれるんだと思う。その部分はまだまだ修行中。そして、そんな旅を半年間も一緒にしちゃうと、歩いた仲間は家族みたいなもの。
でもそれは1日でも1時間でも、旅を共にした人にも同じような感情が生まれるから、
人類皆兄弟!を体感させてもらえる旅になる。
旅の間は、正直「あー、家でゆっくり映画でも観たいなー。」とか思うこともよくあるけど、
そんな仲間との繋がりを実感させてもらうと、実際旅を終えて家でゆっくりして暫くすると又
「そろそろ次の旅に出たいなー」って思っちゃう。
そうやって考えると、歩きながら木を植え始めて自分が変わった点は、「生涯続けたい活動」に出逢えたこと。
ポールに感謝!

(毎年9月21日の国際平和デーには沖縄で地球の祝祭「セレブレーションアース」!)


























M>中渓くんの話を聞いていて「出逢い」ってキーワードになっている気がするのね。
これまで人や誰かの言葉との出逢いで大きく人生が変わってるよね。

(ポールと。ザンビアにて)
中渓くん>ぼくの今があるのはポールに南アフリカで偶然に出逢ったから。
このデッカイ地球上で彼と出逢えたご縁には本当に感謝。
そしてそんなご縁で始まった、歩いて木を植える活動を通して出逢った人達に生き方を教えてもらってる。
徳島県神山町に住んでいるある一家は家族で田んぼ、お茶、スダチを育てながら年二回、祭りを主催。
楽音楽日(らくおんらくじつ)っていう屋号の通り、家族、仲間と音楽に溢れた心豊かな暮らしを実践している僕の大好きな家族。この家族には四国に行く度に逢いに行ってる。
そんな家族と出逢えたことで、「こんな風に生きればいいんだ。」って道標が見つかって、肩の力がスッと抜けた気がする。



M>中渓くんはこの活動を通して奥さんに出会って、結婚して、家庭をもつようになったよね。
中渓くんにとって家庭をもつことってどんな意味がある?

(南アフリカにて)
中渓くん>歩いて木を植える活動を始めて、もらった一番のご褒美。奥さんの亜衣ちゃんは、ポールのブログを見て旅に参加してくれて、そのお陰で結婚。ということで、これまたポールに感謝!
夏には次男坊が産まれて、今は4人家族。
今は周りの皆さんに協力してもらっているお陰で、限りなく4人で一緒に居る時間をたくさん取らせてもらっているんだ。
ぼくのお父さんはサラリーマンで何時も帰りが遅かった。
そんな中、週末はいつも遊んでくれたんだけど、そんな生活の反動もあって、ぼくはなるべく、いつでも一緒に家族と一緒にいたい。
仕事と家族の境目がなくなって、家族と一緒に仕事が出来るようになるのが夢。この活動ならそれが出来るはず。
前に「家庭は発電所だ」って教えられたことがある。正にそのとおりだと思う。
家族4人が一緒にいると、家族それぞれが充電されて、やがて発電しはじめる。
家族が同じ目標に向かって生きていけたら、そんな幸せなことはないし、それは大きな力になるはず。
「家族一緒に居れば、旅をしていても、今居るここがマイホーム」を実践すべく、生後3ヶ月の息子を連れて南アフリカにも行ってきたよ。

M>家庭は発電所かぁ。いいですねぇ。素敵な言葉。
そんなお父さんの立場から未来を担う子供たちに残したいことってある?

(小学校の校庭を囲むように防災林としてその土地に適した広葉樹を植えている)
中渓くん>まずは「小学校緑化計画」。
ぼくは小学校で木を植えているんだけど、特に都会の小学校ほど、今、校庭の木が減ってきてる。
「落ち葉が近所迷惑になるから」とかの理由で、木が結構切り倒されているんだよね。
関東大震災のときに助かった人は、川に飛び込んだ人たちじゃなくて、浜離宮のような、都会の森に逃げ込んだ人たちなんだって。小学校や中学校は地域の避難場所。
そこが森で囲まれていれば、子供達も安心して過ごせるし、何よりも気持ち良い。
鳥や虫が集まる森に囲まれて、畑で野菜とか果物作って、そこから種をとって、食べ残したもので土をつくってそこに種を撒いて。秋になればどんぐりの種を拾って苗木を作って、それをまた校庭に植えたり、地域の森づくりに使ったり。
小学校がそんな、自然を豊かにする活動の学び舎になることを目指しているんだ。

M>それは子供たちだけじゃなくて、地域全体のためにもなって素晴らしい計画になるね。
(小学校では歩く旅の楽しさや木の役割の話をしている)

中渓くん>ぼくは1971年生まれ。豊かな時代に生まれて、楽しい学生生活、サラリーマン生活、放浪生活、そして今は家族、仲間と一緒に歩き、木を植える生活をさせてもらっている。
これは自分の親を含めた先人の努力のお陰で出来てる。
だから、ぼくも努力して、子供達が自由に世界を体感出来て、そこには豊かな自然、文化が残っている状態を残してあげたい。人間社会は日々進化し続けて、子供達はきっと今より物質的にも、精神的にも豊かに暮らせるはず。
その道づくりを真面目にやっていきたいと思ってるんだ。

M>他に今後取り組んでいきたいことは?

中渓くん>「日本の自然道の復活」。
歩き旅の最中には、東海自然道など、車の通らない山道を歩くことも多いんだけど、その方が断然楽しい。
でも意外と整備されてない自然道、かつては往来があっても、道路が出来て使われなくなった自然道が全国にはたくさんあることが分かってきた。
日本中の人が、車や電車だけじゃなくて、歩きの旅をもっと楽しむようになれば、山間にひっそりと佇む村がもっと賑わったりして、地方経済も活性化するし、都会の人も自然に接してリフレッシュできるはず。
日本各地の自然道が復活して、歩き旅が旅の一つのスタンダードになるような動きをつくっていきたいんだ。
2011年5月に東海自然歩道をスタートして、4年位かけて全国の歩道を歩くつもりなんだ。

M>中渓くんみたいに会社を辞めなくても、先に出てきたプロジェクトのように、仕事をしながらでも地球のために何かできると思うのですが、その何かを探したいとき、まず何から始めたらいいかな? 

中渓くん>やっぱり先ずは「旅」かな。何かを始める一番のモチベーション、
それは「ここ、こうなったらもっといいのに!」って気持ちだと思う。
そして、そのポイントは人それぞれ違う。
そんな、自分が居る社会の「変えたいポイント」に気がつく為には、
その社会を俯瞰して見るのが一番で、その一番の方法が旅だと思うんだ。
たとえ日帰り旅行でも、今居る場所を一旦離れた時って、冷静に自分の状況を判断出来て、
「ここ、こんな風に変えてみたい。」って具体的なアイディアが生まれてくる貴重な時間。
そのアイディアを大事に持ち帰って膨らまして行くと、具体的な一歩に繋がってくるんじゃないかな。
で、具体的なアイディアをもとに調べてみると、実際にその問題解決に向かって既に動いている人が居たりして、
そんな人のワークショップや講演会に行ってみる。
そこで出逢った人との繋がりできて、気がついたら自分も具体的に行動を起こしている。
みたいなことが起こるきっかけが「旅」じゃないかと思うんだ。
非電化製品の発明家の方が「知って、繋がって、小さく行動する」って教えてくれたんだけど、
先ず「知る」為の有効な手段の一つとして「旅」があると思うんだ。
以前、ガンジーさんのお孫さんとお話する貴重な機会があったんだけど、
彼も「日本人にはどんどん旅してもらって地球の現状を知って欲しい」って言ってたのを思い出すよ。

M>みんなどんどん旅にでましょう!中渓くんの旅に参加するのもいいきっかけになるかもしれないよね!
でも、実際、一歩踏み出そうと思っていても不安はつきもの。
中渓くんはポールとずっと一緒に歩いていたけど、いざ自分1人で活動を始めよう!って一歩踏み出したときはどんな感じだった?

中渓くん>沖縄である日決心して、自分一人で歩いてみよう!って思った。
それを仲間に伝える時が一番緊張した。脂汗かいちゃうみたいな。
記念すべき初独りウォークの日、ポールと奥さんの木乃実さんにハグしてもらって首里城をスタート。
やっぱり何でも初めての時って気持ちが高ぶるもんだよね。
独りもくもくと歩きながら何故か坂本龍馬のこと考えてた。
彼って幕末の日本を纏める為に西に東に日本列島を歩きまくってたんだよね、きっと。
そんなこと考えながら、すっかり気分は坂本龍馬。やけに気合い十分な初歩きだった。気持ちよかった。
そんなスタートの後、沖縄本島、石垣島、宮古島を一周した。全てが手探りの歩いて木を植える旅。
仲間が支えてくれた。初めて出逢うたくさんの人が応援してくれた。
(アースデイ東京の会場にゴール)
自分でもやれるんだって気持ちと、ポールにお供している頃には見えてこなかった彼の苦労、そして喜びも見えて来た。
小学校で子供達に話をするのも最初は相当にぎこちなかったけど、段々と楽しめるようになってきた。
こうなるともうスイッチオン。次の年の東京、代々木公園のアースデイに向かって歩くアイディアが湧いて来た。
「これってもしかして自分の天職なのかも」って生まれて初めてそんなこと考えたんだ。
思い切って一歩を踏み出してみたから、そんな「天職かも」って思える活動に出逢えた。
そして心がもっと自由になれたんだ。
でもやっぱり最初の一歩ってホント、勇気がいるよね。
今でもあの脂汗の瞬間は忘れないもんなぁ。


M>一歩踏み出したら見えてくるものがたくさんあるんですね。

中渓くん>ぼくもまだまだ、一歩を踏み出せてないことがたくさんある。
ちょっとの勇気と、それを支えてくれる、支えあえる仲間と家族が居れば出来るはず。
皆が楽しく一歩を踏み出しやすくなる社会になるように、
ぼくは出来ることをコツコツと続けるので、皆様これから宜しくお願いします。
(福島県磐梯山の山頂にて)

























M>中渓くんのお話を聞いて、日々の小さな奇跡に気づいて、
人や言葉との出逢いを今まで以上にもっと大切にしていかなきゃ、と思いました。
みんなで支えあって楽しみながら地球にいいことしていきたいですね。そして、たくさん旅にでる!
今後の活躍を楽しみにしています!ありがとうございました。

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2011-01-16

トミカ、トミカ、プラレール

札幌で40年のトミカ博に行って来ました。車好きの息子は大興奮。僕より一つ年取ってるトミカ。僕も持ってたなー。

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2011-01-12

年初の豊富

年初の豊富
皆様、今年も宜しくお願い致します。


小樽、今年は大分雪が積もりました。

最近のニュースは、我が家の暖房を灯油ストーブから薪ストーブに変えたこと。

今年は薪割の準備が出来てなくて、しばらく灯油ストーブ生活だったんだけど、やっぱり薪ストーブが一番。

温もりが優しい。


薪割りが楽しい。

やっぱり北海道は冬が、冬も、いいなー。

さて、昨年秋にワールドシフトイベントを開催した翔太君が本を出す!ということで、そこの載せてもらうべく書いた文章。

以前書いたものをすっきり短くした文章。


年初の豊富でもあるので、以下、載せてみました。

今年はより、具体的に動くぞー。

皆様にとって、良き出逢いに溢れる最高の一年でありますように。

あ、それから、これは、毎日楽しく読んでいる、てんつくマンのメルマガで紹介されてた動画。
必見でございます。




=====


〜「競争社会」で生き残る教育から「共存社会」で楽しく暮らす教育へワールドシフト!〜
「地球上の何処でも、どんな時でも生きて行ける人間になりたい。その為に自分の人生を費やして行こう!」世界を羽ばたくビジネスマンを夢見て入った商社に勤めて6年が経つ頃、そんな思いから、僕は会社を辞めて世界放浪の旅に出た。先ずは自分自身の見聞を広めよう。地球がどんな星なのか、この目で確かめて感じてみよう。と。
世界放浪の旅から2年が過ぎ、アジア、欧州、北、中、南米と回った後に辿り着いた南アフリカで、世界中、地球一周分を歩き平和の木を植え続ける男、ポールコールマン氏に出逢う。地球を歩き、木を植える男、通称アースウォーカー。
20世紀に戦争で亡くなった犠牲者1億人の為に1億本の木を植えながら、「人の命だけじゃなくて、自然も奪ってしまう戦争なんてもう止めよう。皆で地球に感謝の気持ちを込めて木を植えよう。」というメッセージと共に地球を歩き、木を植える男。
「これだ!」という直感が働き、ぼくはポールと共に1年間、アフリカの大地を歩き、木を植えた。あれから8年が経ち、「地球を歩く、木を植える」ことは僕のライフワークとなった。
この活動を続ける内に、ぼくに芽生えて来た感覚がある。それは、「地球はそこに生きている全てのものを含めて、一つの大きな生命体だ」ってこと。でも僕のこの感覚はまだまだ発展途上。 
他人を傷つけること、それはそのまま自分自身を傷つけることになる。だって僕らは「地球」という同じ星、一つの生命体だから。 そんなことを100%感覚で理解できた時、人間は次の文明に進化=ワールドシフト出来るはず。 
その為に出来る第一歩。それが教育だ。
国語、算数、理科、社会で他の人よりも良い点数を取ると、良い中学、良い高校、良い大学に行ける。そしてその先には良い会社が待っていて、そこでの出世競争に生き残ることを良しとする世界。そんな常に「競争」を基礎にした世界には限界があるはず。だって辿って行けば、僕らは「地球」という同じ星に生きる、一つの生命体なのだから。
僕にはまだ小さな息子が二人居る。この子たちに受けて欲しい教育、それは、どうやったら豊かな土で栄養満点の美味しい野菜が作れるか。どうやったら電気に頼らなくても豊かな生活が出来るか、どうやって苗木を育てて、どんな風にしてその苗木たちを森に返すことが出来、その結果、美味しい湧き水を守り、森の動物たちと共存することが出来るのか。そんな「自然と共に生きる智慧」の教育だ。
その第一歩として、僕は小学校で木を植える活動を続けている。これは僕のライフワーク。小学校の敷地がぐるっと森で囲まれていて、森の中には野菜や果物が豊富にあって、子供たちが学校の敷地に小さな地球を感じることが出来る空間。そんな空間の中で子供達が自然と共に豊かに暮らす智慧を学ぶ。そんな学校作りを目指して、僕は一本づつ、小学校で木を植えさせてもらっている。
若者へのメッセージ
旅に出よう!
自分が今居る世界から一歩飛び出した時に感じたことを大事に持ち帰って、家族や仲間と話して、思いを膨らまして、小さいところから行動に移して行こう。ワールドシフトはそこから始まるはず! 








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2011-01-11

熊かな〜難易度高そ〜

熊かな〜難易度高そ〜
我が家の薪は解体屋さんに貰った廃材。今回貰った廃材は古民家の大黒柱やらで、木工職人の友人曰く、かなり上質で薪にするには勿体ないとのこと。はて、どうしよ。木彫りでも挑戦してみようかな〜

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薪割り

薪割り
薪割りは冬の楽しみの一つ。けっこう精神統一出来て気持ち良い時間。

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2011-01-10

ドームハウスなう

ドームハウスなう
連日の雪で我が家はカマクラ状態に。おかげで室内は結構ポカポカ。

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2011-01-06


気がつけば2011年のお正月もあっという間。お誕生日を祝ったり、一品持ち寄りパーティーしたり。うっし。そろそろ平日モード。

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今年も地球を歩いて木を植えますよ〜仲間がこんなプレートを作ってくれました。

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2011-01-01


新年あけましておめでとうございます!皆さまにとって実り多い最高の一年でありますように。小樽の住吉神社にて。

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新年あけましておめでとうございます!皆さまにとって実り多い最高の一年でありますように。小樽の住吉神社にて。

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