いざ広島8月6日 (本出版に向けて・その82)
おかげさまで携帯復活です。
昨日はなんと、我が家の前の海にトドが出現。定置網にかかった魚を捕りにくるそうです。トドですよ
。トド。
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大阪では英国領事館を訪ねた。ス−ツでビシッと決めた領事は、汗だくのシャツと半ズボン(ポ−ルは
ちゃんと長ズボンはいていた。)で現れたポ−ルと僕を温かく迎えてくれた。
8月6日、広島の平和記念公園で植樹をしたいので、その後押しをお願いしに行ったが、思わしい結果
は得られなかった。今思い起こせばかなり無理のあるお願いだったかもしれない。でもその時の僕達に
とってはトライする価値が十分にあることだった。
ジンバブエでもザンビアでも、そして日本でも英国大使館、領事のポールの活動に対する理解は何時で
も寛大で前向きだった。大阪の領事を訪ねて具体的な成果は無かったが、温かく迎え入れてくれたこと
だけでも僕達の、特にポールにとっての励みになった。
世界一周の船旅を企画、運営しているピースボートの大阪事務所でポールの講演会もやらせてもらった
。これから世界一周を控える元気な若者に出逢えて、またそれだけで元気を貰った。
旅の疲れを癒してくれるのは、やっぱりそんな嬉しい出逢いにある。
ポールと僕はそんな大阪の日々で、8月6日の広島に向けて歩く気力を充電させてもらった。
群馬の実家に里帰りしていたきんちゃんも戻って来てくれて、大阪からは3人の旅になった。須磨海岸
や武庫川で野宿をして、西宮では日本初、小学校での講演と植樹が出来た。西宮では小学校での環境学
習が積極的に行われていた。
岡山に入った辺りから、歩く仲間が段々と増え始めた。岡山市で一緒に木を植えた、たいちゃんは当時
18歳。次の年からカナダへの留学が決まっていた。やたらと思いリュックの中身を調べたら、実は参
考書持参で来ていたのが可笑しかった。
ザンビアで逢った鎌倉の鉄平くんが友達のマキコちゃんと、そして愛知から加藤くんも来てくれて総勢
7名で広島の平和祈念公園を目指した。
最後の数日は夜遅くまで歩く強行軍で、マキコちゃんの足の指はマメで膨れ上がっていた。
他の皆も小さなマメや筋肉痛に悩まされる。
それでも、神社で野宿したり、コンビニの前で宴会をしたり、北広島では木を植えることも出来て、7
人の旅を皆楽しんでいた。一歩一歩前進する毎に7人の一体感が増して来るのを感じた。
いよいよ広島まであと一息。峠越えのルートを選ぶ。都会に入る前に皆で川で泳いだ。8月の真っ只中
、冷たい水が気持ち良かった。眼下に広島の街並みが見える。
8月5日夜、お好み焼きの夕食を済ませて平和記念公園に到着。7人で公園に野宿。
翌朝、明るくなって気が付いた。僕達は平和式典の会場の直ぐ近くで野宿していた。早朝にポールが東
京FMの生放送インタビューに答える。
式典最中、会場には何とも言えない緊張感が漂っていた。小泉首相のスピーチ。声が小さくて何も聴こ
えない。野次も飛ぶ。式典に参加して、戦争の傷跡は何年も続くことを実感した。
午後の平和祈念公園は午前の式典と対照的にとても楽しげだった。川辺が音楽で溢れる。オーストラリ
アのウラン鉱山から北海道―広島と平和巡礼を続けてきた原発に反対する国籍様々な若者達にも出逢え
た。
夕方からの灯篭流しは幻想的だった。
川の近くの公園では夜遅くまで沢山の若者が集まって太鼓を叩いたり、踊ったり、年齢、人種も様々で
、驚く位に国際的な雰囲気だった。世界の誰もが知っている広島そして長崎。実はそこが世界中の若者
達の大事な交流の場になっていることを体感した。
写真:マキコちゃんの足
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