世界放浪の旅 いざジンバブエ! (本出版に向けて・その35)
「利を共にするは小なりといえども還って大なり」
角倉素庵:江戸前期京都嵯峨の豪商
今日の言葉
我が家の日めくりカレンダーより
流石江戸時代の商人。良いこといいますね。
=====================================
日食パーティーの時に訪れたクルーガー国立公園で動物を見て、その日はひょんなことから国立公園の
従業員宿舎に泊めさせてもらった。いよいよ明日、ジンバブエに入る。靴とリュックはヨハネスブルグ
で買い求めた。何しろ長い間サンダル生活で、靴なんて持ってなかった。リュックも45ℓ入るそ
れなりの物を買った。寝袋はというと、ネパールで中古で買ったコンパクトになる結構良い寝袋を以前
ヒッチハイクで乗せてもらった車の中に忘れてしまい、友人のデビーがくれた子供用のペラペラの寝袋
しか無かった。まぁなんとかなるだろう。そしてそれよりも何よりも、アースウォーカーがジンバブエ
のどの辺を歩いているのか、情報は何も無かった。でもそれも何とかなるだろう。
翌日、いよいよ国境に到着。入国管理局長を訪ねて、アースウォーカーのことを訪ねる。「彼なら1ヶ
月程前にジンバブエに入ったよ。」と教えてくれて、首都ハラレの環境省に連絡を取り、彼の居場所を
突き止めてくれた。グトゥという街にいるらしい。局長はさらに親切にもグトゥの役場にまで電話して
くれた。すると、アースウォーカーがたまたま役場に来ていたタイミングで、電話口にアースウォーカ
ー(以後ポール)が出てきてくれた。
ポールの声を聞き、ホッとした。想像以上にスムーズに連絡が取れたことで、ジンバブエまで歩きに来
たことが間違いでは無かった様に思えて来た。目指す宿の名前を聞き、晴々した気分でジンバブエに入
った。
先ずは両替だ。入国管理局を出ると、闇両替商が居た。取り合えず50ドルを変えると、ポケットに入
りきらない位の分厚い札束を渡された。インフレでどんどん通貨価値が落ちているからだった。これで
ひと段落。国境沿いの安宿に落ち着く。
次の日はヒッチハイク。最初は白人が乗るベンツに乗せて貰い、その後はトラックの運転手と値段交渉
して先ずはグレートジンバブエまで。これまた不思議とスムーズにヒッチハイク出来た。その日は世界
遺産のグレートジンバブエ遺跡近くのホテルに泊まった。
ジンバブエに入って3日目、やっとグテゥにてポールと合流を果たした。
| 固定リンク

コメント