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2007-02-28

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

吉塚牧場を訪ねて

野田村、普代村を抜け、お隣の田野畑村の吉塚さん一家を訪ねた。この東北の旅では「ネットワーク地球村」に大変助けられている。今回も、未だお逢いしたことが無い、花巻の橋川さんが岩手各地の方々に声掛けをして下さり、吉塚さんを紹介して下さった。

吉塚さんは「山地酪農牛乳」を作る牧場農家さんで、30年前に、農大卒業して間も無く、単身で千葉から田野畑村に移住。農大時代に大きな影響を受けた猶原博士の創設した「山地酪農」を実践する為だ。「山地酪農」は、「山に自然に生える草を牧草として飼料は自給自足することで、持続可能な牛乳生産を行うこと。」だと僕なりの言葉で理解している。

だから、牛を冬でも元気に牧草地に放す。1ヘクタールに2頭の割合で土地を与えることで、草を食べ尽くさず、牧草の循環が生まれる。その土地の恵を一杯に頂いた、日の光を沢山浴びた牛が創る牛乳はとても美味しく、長男の公太郎君が作ってくれたカマンベールチーズもとても美味しかった。

「自給自足で継続可能、そして何よりも美味しい牛乳」は21世紀の牛乳だ。

普通、乳牛として室内で飼われている牛は特別な飼料を与えて、1回に50リットル以上の牛乳が採れるそう。吉塚さんの牛からは一回に10数リットル強。でも、牛の寿命は長く、15、6歳。将来は20歳まで乳を出す牛を育てるのが目標だそうだ。

吉塚さんには7人のお子さんが居て、吉塚牧場には11名が暮らしている。公雄さん、登志子さん、公太郎くん、恭次くん、玲子ちゃん、純平くん、雄志くん、壮太くん、そして長女の都ちゃん、旦那様の宣男さんと長女の仁美ちゃん。晩御飯の前には、先ず僕達の名前を、次におじいちゃん、おばあちゃん、そして家族全員の名前を呼んで、「ありがとうございます。」「いただきます。」と食べ始めた。こうやって食べると、なんだかとても有難く、美味しく晩御飯を頂いた。僕達は純平くん以外の家族全員
に逢うことが出来た。

吉塚家の様子を岩手の制作会社が12年間、ドキュメンタリーを撮り続けていて、昨年末に放映された最近の様子を、夕食後に観させて頂いた。

普通の牧場が使う様な機械を買う余裕が無く、つい最近まで、干草も家族で手分けをして手作業で詰めていたそう。僕も昨年の夏に北海道で干草巻きを機械でやらせて頂いたことがあるので、手作業でこれを行うのは気の遠くなる作業であることは想像がつく。7人のお子さん達は、休日何処かに家族で旅行に行くなんてことなく、家族が一つになって牛乳創りに従事して来たそう。

長男の公太郎くんも、次男の恭二くんも、自分の意思で2年の修行の後、又吉塚牧場に帰って来た。僕たちが出発した昨日の朝は5時起きで盛岡に牛乳の配達に出かけて行った。なんと週550本の牛乳を2回に分けて、それぞれのお客さんの家まで配達に出かける。牛乳と一緒に、週一回のお父さんが書く機関紙が各お客さんに配られる。

大型店舗の増えている今だからこそ、生産者の顔が見えて、機関紙が配られ、年に一度、牧場で交流会が行われる山地酪農牛乳は決して販売量ナンバーワンには成らずとも、お客さんの満足度ナンバーワンの、ニッポンオンリーワン牛乳だ。

吉塚家にお世話になって、「人間の幸せは、家族が同じ夢に向かって少しずつ前進して行くことなんだな。」と感じた。

都ちゃんの旦那様の宣男さんは僕と同い年。研修で吉塚牧場を訪れて、そのまま都ちゃんと結婚することになった。4年の大工生活経験を基に、自分一人で昔ながらの釘を使わない手法で新居造りに励んでいた。寡黙な宣男さんが嬉しそうに、建て途中の新居を案内してくれた。

常に進化し続ける吉塚牧場。吉塚さんの夢は、田野畑が山地酪農のふるさとになること。「来るものは拒まず、去るものは追わず、感謝の気持ちを大切に。」と笑顔で語る吉塚さんに出逢い、又、自分から無駄なものが落ちていった気がした。

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2007-02-26

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

二つの村を訪ねて

野田村の正貴くんを訪ね、その後、普代村の嵯峨さんを訪ねました。

岩手に入り、二つの村を歩いてみて、つくづく日本の文化は奥が深いと感じてます。

どちらの村も、先祖代々こちらに住んでいる方達ばかり。皆、地元を愛してます。

初日は久慈市の小野寺さんの御紹介で田中技建さんに一泊。道上さん初め、地元の方達と交流会。

次の日は正貴くん宅で、昨晩は普代村の嵯峨さんのお宅で。三日間の交流会を通して、昔ながらの村の良さを実感。

人口五千の野田村と三千五百の普代村。どちらも村であり続けて欲しいです。

正貴くんは野田村の仕掛人。村の若者達で欽ちゃんの仮装大賞に出て優勝したり、CM大賞で賞を採ったり、また、野田村の子供達の環境教育を担当するNPO「野田塩ベコの道」はAPバンクの融資プログラムに選ばれていてます。同い年の活躍がなんだか嬉しく、元気を貰いました。

正貴くんの母校、野田村小学校に正也くんが桜の木を植えて、柚花ちゃんとお餅をついて、四世代9人が一つ屋根で暮らす正貴くんファミリーとの出逢い、野田村の方達、嵯峨さん御一家、普代村の皆さんとの出逢いに感謝です。

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2007-02-25

日曜日朝七時

ラジオJウェーブのLOHASサンデーでちょっとだけインタビュー受けます。早起きの方は是非。

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2007-02-24

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

青森大間岬出発の記事をインターネットで見つけて早速携帯に連絡をくれた岩手県久慈の小野寺さんを訪ねた。小野寺さんの事務所には、茨城県の「日本花の会」から桜の木、三種30本が送られてきていた。

この苗木は千葉のキーペックスさんという会社が資金提供してくれている苗木で、ポールが紹介してくれた。

小野寺さんは久慈のロータリークラブの会員で、久慈に到着した22日は、月に一度の夜の例会の日だった。僕達はスーツ姿の方々が集まる例会の最前席に参加させてもらった。例会、その後の夕食会の席で、活動報告をノートパソコンの写真と共にさせて貰う機会まで頂いた。

その日の例会のメインテーマは、国際交流で、久慈の中、高生10名、教育委員の方2名、中学校の先生1名の計13名が10日間、久慈の姉妹都市のアメリカのフランクリンという都市を含め、4都市を周る旅の報告会があった。

ロータリークラブと言えば、学生時代にアメリカの大学院に行きたくて、地元のロータリークラブの奨学金制度に申し込んで落選。已む無く就職活動を始めた。アフリカのジンバブエでは、ロータリークラブでポールが講演をした。東京のロータリクラブでは2年前に一度、僕も卓話をさせて頂いた経験がある。

久慈のロータリクラブの方達は、皆、紳士、淑女だった。旅人の僕達を心から歓迎してくれて、励ましの言葉を沢山頂いた。あっという間の楽しい例会が終わった。

次の日、ロータリーの方達が手配して下さり、小久慈小学校に桜の木3本を植えさせて頂いた。今回の旅での小学校初植樹だ。6年生の皆と一緒に植えた。快晴。やっぱり学校で植えるのは楽しい。新聞記者さんがカメラを構えると、男子は一斉にピース。女子は写らない様に後ずさり。これまた、30分のあっという間の楽しい植樹時間が過ぎた。

その後、久慈のロータリークラブで管理している絆の森で26本の桜の木を小道に沿うように会員の皆と植えた。絆の森の敷地は1.7ヘクタール。ここを里山として、色々な種類の木を植えて、子供たちと野鳥観察や自然体験をしていくそうだ。会員の黒沼さんはとても嬉しそうに里山計画を僕達に説明して下さった。最後の1本を皆で植えて、激励の言葉と、御餞別を頂いた。

お昼には久慈を出発、隣町の野田村を目指した。1日の久慈滞在。小野寺さんが声を掛けてくれたお陰で、沢山の久慈の方達と出逢い、一緒に木を植えることが出来た。昨日まえ知らなかった久慈という場所に、出発する時には親しみが湧いてくる。ここ数日、歩いて木を植える旅の楽しさを再認識している

久慈ロータリークラブの皆様、お世話になりました。

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岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

岩手県初植樹

青森大間岬出発の記事をインターネットで見つけて早速携帯に連絡をくれた岩手県久慈の小野寺さんを訪ねた。小野寺さんの事務所には、茨城県の「日本花の会」から桜の木、三種30本が送られてきていた。

この苗木は千葉のキーペックスさんという会社が資金提供してくれている苗木で、ポールが紹介してくれた。

小野寺さんは久慈のロータリークラブの会員で、久慈に到着した22日は、月に一度の夜の例会の日だった。僕達はスーツ姿の方々が集まる例会の最前席に参加させてもらった。例会、その後の夕食会の席で、活動報告をノートパソコンの写真と共にさせて貰う機会まで頂いた。

その日の例会のメインテーマは、国際交流で、久慈の中、高生10名、教育委員の方2名、中学校の先生1名の計13名が10日間、久慈の姉妹都市のアメリカのフランクリンという都市を含め、4都市を周る旅の報告会があった。

ロータリークラブと言えば、学生時代にアメリカの大学院に行きたくて、地元のロータリークラブの奨学金制度に申し込んで落選。已む無く就職活動を始めた。アフリカのジンバブエでは、ロータリークラブでポールが講演をした。東京のロータリクラブでは2年前に一度、僕も卓話をさせて頂いた経験がある。

久慈のロータリクラブの方達は、皆、紳士、淑女だった。旅人の僕達を心から歓迎してくれて、励ましの言葉を沢山頂いた。あっという間の楽しい例会が終わった。

次の日、ロータリーの方達が手配して下さり、小久慈小学校に桜の木3本を植えさせて頂いた。今回の旅での小学校初植樹だ。6年生の皆と一緒に植えた。快晴。やっぱり学校で植えるのは楽しい。新聞記者さんがカメラを構えると、男子は一斉にピース。女子は写らない様に後ずさり。これまた、30分のあっという間の楽しい植樹時間が過ぎた。

その後、久慈のロータリークラブで管理している絆の森で26本の桜の木を小道に沿うように会員の皆と植えた。絆の森の敷地は1.7ヘクタール。ここを里山として、色々な種類の木を植えて、子供たちと野鳥観察や自然体験をしていくそうだ。会員の黒沼さんはとても嬉しそうに里山計画を僕達に説明して下さった。最後の1本を皆で植えて、激励の言葉と、御餞別を頂いた。

お昼には久慈を出発、隣町の野田村を目指した。1日の久慈滞在。小野寺さんが声を掛けてくれたお陰で、沢山の久慈の方達と出逢い、一緒に木を植えることが出来た。昨日まえ知らなかった久慈という場所に、出発する時には親しみが湧いてくる。ここ数日、歩いて木を植える旅の楽しさを再認識している

久慈ロータリークラブの皆様、お世話になりました。

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2007-02-22

東北初、外野宿

東北初、外野宿

東北初、外野宿

昨日は今回の旅で初めての外での野宿。風も無く、星空満天で気持ち良かったです。

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岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県に入りました。

岩手県の種市まで来ました。

一昨日は八戸シーガルビューホテルにお世話になり、マイクログリッドの会議にも少し参加させて頂きました。

マイクログリッドとは格地域で太陽光、風力発電などを上手く組み合わせて自立した電力供給を確立する仕組みづくりの名称だそうです。

一昨日は海岸沿いの遊歩道を気持ち良く歩きました。やっぱり歩道が一番。そして、またまた嬉しい出来事。

道端で休憩していたら、おじさんが話し掛けて来てくれて、この方が管理している、もう使われていない保養所の一室に僕達を泊めて下さいました。見ず知らずの僕らを信用してくれるのがとても有り難いです。

お陰様で昨日は朝日をバッチリ拝んで一日をスタート。漁村を抜けて、岩手県を久慈に向けて南下中です。

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八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

八戸えんぶり祭り

鎌倉時代から続く、豊穣、大漁を祈るお祭です。帽子は和紙で出来ていて、二十万近くする高価なものだそうです。

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2007-02-21

アースデイフレンドシップウォーク活動資料

こちら、最新版です。

「earthdayfriendshipwalk2007.doc」をダウンロード

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2007-02-20

下北半島を歩き終えて

下北半島を歩き終えて

下北半島を歩き終えて

下北半島を歩き終えて

下北半島を歩き終えて

下北半島を歩き終えて

六ヶ所から三沢を通り、八戸まで着いた。下北半島の旅があっという間に終わった。最初の一山を越えた感じだ。

青森に着いた二日目に県庁に行った。観光課で、下北半島を歩くと言ったら、「2月の下北半島なんて道が雪で埋まっていて歩道なんて無いよ。そりゃー自殺行為だ。」と言われ、内心かなりひるんだ。

実際に歩き始めると、かつて無い暖冬で、雪を見ることはほぼ無かった。僕達にとっては、この、かつて無い暖冬のお陰で下北半島を歩き終えることが出来たので、大変ありがたいことだった。でも、冬は冬らしく、豪雪の下北半島を歩いてみたかった気もする。

なんて。これからも未だ、東京に着くまでにそんなチャンスは十分ありそうだけど。

三沢では又、素晴らしい出逢いに恵まれた。ハブさんこと中川さんとあき君の居る、中川塾に二日間お世話になった。

ハブさんはその昔、六ヶ所村の施設の反対運動をしていたが、今は子供の教育に専念することで、社会の意識の向上に努めている。将来的には身障者の子供たちの教育に携わりたいそうだ。

2004年に行われたオーストラリアのウラン鉱山から広島までを歩いて繋ぐ「平和巡礼」が東北に来た際のサポー今回も僕達が歩き終えた処まで送り迎えして下さり、2日間、何から何までお世話になってしまった。

その中川塾のスタッフとして働いているあき君は、以前オーストラリアでウーフ(援農)をしていて、あいちゃんと同じ農園で仕事をしていたが、一日違いであき君が帰国した為、今回が初の出逢いとなった。旅の御縁は本当に面白い。

あき君は人生経験豊富で、とても23歳とは思えない落ち着き、人生観を持っている。花とハーブの里のエレキとテンダーといい、今時の20代前半は誰でもあんなにしっかりしているのだろうか。

日曜日はそんな皆様と一緒に「六ヶ所村ラプソディー」を観た。2回観た。地球の未来について深く考えた。原発のことを考えることは、地球の未来を考えること。現在日本で54機の原発が稼動していて、そこから生まれる高レベル廃棄物は、処理するのに実に百万年以上が必要だと言われている。ということは、百万年先のしっかりとしたビジョンを持って居ないと、人間は原発に手を着けることは出来ないのではないか。「持続可能な社会を創る」というのが、僕達の今の一番大事な課題なんだと実感した

下北半島を歩き、ここには人間の歴史の縮図があると感じた。

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2007-02-17

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村、花とハーブの里での楽しい時間があっという間に過ぎました。
音楽家のotoさん、龍一さんのユニット、ムビラトロンの保育園演奏会に同行したり、otoさんにアースデイ富山の現状を教えて頂いたり、花とハーブの里は日本を繋げる大事な情報共有の場だと感じました。

そして、アースデイ六ヶ所の準備を進める神奈川県出身の若者二人、テンダーとエレキのチームワークは抜群です。

この二人ならアースデイ六ヶ所を上手く取り纏めてくれる筈。

花とハーブの里には、六ヶ所村の再処理施設の稼動を愁いて沢山の方が訪れるそうです。

僕達も下北半島を歩いて、地元の方にお世話になったり、花とハーブの里での交流を通して、今、下北半島で何が起こっているのかが分かって来ました。

大間岬のプルサーマル原発、東通村の原発に中間廃棄物貯蔵施設、そして、六ヶ所村の再処理施設。下北半島にこんなに沢山の原発施設がある、また建設が予定されている現実を知りませんでした。
電気を使って日本で暮らす以上、先ずは下北半島に足を運んで、今ここで起こっていることを肌で感じることが大事だと実感。

アースデイ六ヶ所に多くの人に参加して欲しいです。

そして、その後は北海道、屈斜路湖のアースデイだよ。全員集合!で大自然満喫です。

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2007-02-15

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

六ヶ所村での日々

一昨日は横浜町の柏谷さんの案内で、六ヶ所村の原子燃料リサイクル施設に行って来ました。

このリサイクル施設には以下のものがあります。

原子力発電所で使われたウラン燃料の中から、ウランとプルトニウムを取り出す「再処理工場」。
天然ウランの中から濃縮ウランを取り出す「ウラン濃縮工場」。

「低レベル放射能廃棄物埋没センター」。

「高レベル放射能廃棄物貯蔵管理センター」。

再処理工場で取り出されたプルトニウムとウランなどを混合してMOX燃料に加工する「MOX燃料工場」。

今年11月から本格稼動しても、これらの工場から排出される放射線量は、自然放射線量を下回る、人体に影響の無い範囲であるとの説明を頂きました。

次に訪れたのが、財団法人「環境科学技術研究所」です。ここでは「閉鎖型生態系実験施設」なるものがあって、これは簡単に言うと、閉鎖空間に自然生態系を模擬して実験を行う「ミニ地球」です。

稲や野菜を育てながら2名の成人が外界から遮断されて生活を送ります。
科学技術庁が、宇宙ステーションでの生活を想定して創って施設だそうです。

六ヶ所村には日本の最先端技術が結集されています。

再処理施設の放射線流出に関しては、開示されていない情報もある様で、先ずは正しい情報集めが必要です。

昨日から六ヶ所村の花とハーブの里にお世話になってます。

テンダーこと小崎君とエレキこと林君らスタッフが、弘前の西谷さんと共に六月のアースデイ六ヶ所の準備を進めています。二人とも神奈川県出身の若者達。ピースボートで世界一周した仲間だそう。六ヶ所村に住民票を移して準備を進めています。頼もしいです。屈斜路湖のアースデイも上手く連動して行けたら、夏は凄いことになりそうです。

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2007-02-13

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

下北半島人情の旅

昨日は六ヶ所村の泊という漁村にある酒屋さんに「泊まる処を探してます。」と訪ねると、「家に泊まって行きなさい。」と僕たちを母屋の一階の休業中の美容室に泊めて下さいました。

坂井さんは旦那様が漁師で、手作りのルアーを見せて貰ったり、定置網の張り方を詳しく教えて貰ったりしました。

最近は今までは捕れなかったサワラが大猟にあがったり、と海の生態系も変わって来ているようです。

網の目が細か過ぎて稚魚まで捕ってしまい、漁獲高が減ってしまった。とおっしゃってました。

二月は自分の小さな船を出して釣りに出るそうで、昨晩も昨日捕れたサクラ鱒の美味しい汁を頂きました。捕れた鱒は近所の方にもあげるそうです。

夕食中にお隣さんが捕れたてのタコを持って来てくれて、近所で採れた新鮮な長芋もあり、なんと豊かな食卓。

「こうやって物々交換してるんだ。」と奥様。ほのぼのしています。タコも美味しかったなー。

「この辺のウニは甘くて格別だぞ。」と旦那様。親潮と黒潮がぶつかるこの辺りは豊かな漁場だそうです。

昨日は東京電力の東通村原発のPR館に行き、放射線流出は人体に影響ない程度と説明されていた。

六ヶ所村の再処理施設の場合、どう説明されているのだろう。

下北半島で最高の御もてなしを頂き、昔ながらの生活を垣間見る程に、原発の本当の現状を知りたいと感じている。

「それだけ日本各地を旅してると見えて来るものがあるだろ。それを生かして頑張れ。」と言われた。

坂井さんは昔は冬場は半年間、東京に出稼ぎに行って、あらゆる職種を体験したそうだ。「今の政治家は世の中を知らな過ぎる。」と言う坂井さんの様な方が、日本の現状を一番分かっているのかも知れないと思った。

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2007-02-11

東北初植樹と初雪中の徒歩

東北初植樹と初雪中の徒歩

東北初植樹と初雪中の徒歩

東北初植樹と初雪中の徒歩

昨日はむつ市の「ふれあいの郷」で今回の旅の初植樹が出来ました。田澤さん御一家が種から育てたミカンの苗木を一本、皆で植えました。

田澤さんは鉄鋼会社の社長時代には青森から東京まで日帰り出張する程の激務の日々の末に脳梗塞になり、半身が不自由になったのを機に、御家族で身体障害者のデイサービス施設のふれあいの郷を始めました。

「体だけは大事にしなさい。」という言葉を忘れずに旅を続けます。

今日は東北に来て初めて雪の中を歩きました。田澤さんに聞いてもこんなに暖かい冬は初めてだそうです。

今晩は小田野沢の神社で野宿。こちらの神社は畳部屋で快適です。晩ご飯は、うどんを作りました。
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2007-02-10

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

青森下北半島、出逢いの旅

一昨日は下風呂の神社で野宿。その神社で朝出逢った鈴木さんを昨晩訪ねました。

鈴木さん御夫妻は日本の原発事情にとっても詳しくて、昨晩、今朝と、美味しい御料理をご馳走になりながら、じっくりお話を聞いて、六ヶ所村に行く前に大事な知識を頂きました。後日、情報を整理して、自分なりに内容を纏めて報告したいです。

鈴木さんは日本の北限に住む、下北半島の日本ザルの生態調査をしています。が、その昔、原子力発電の研究員をなさってました。

鈴木さんとの出逢いの意味、今回の旅が下北半島から始まった意味を考えました。

今朝、鈴木さん御夫妻に昨日歩き終えた石神温泉まで送って頂き、歩きを再開すると、初日に出逢った女性がたまたま通りかかり、御団子とお茶を差し入れしてくれました。どこまでも、どこまでも、あったかい青森の方達。

ニッポン、チャチャチャ、ニッポン、チャチャチャ。

気合いが入って参りました。

今日は児童福祉施設の、ふれあいの郷まで歩きます。

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2007-02-08

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

本州最北端から最高のスタート best start

青森の方々の暖かさに圧倒されてます。

昨晩、最終バスで大間岬を目指すと、なんと、野宿を心配したバスの運転手さん、我等が中村さん(まさかりの新ちゃん)が僕らを家に泊めてくれて、朝は奥さんの手作りおにぎりを持たせてくれて、朝のバスで大間岬まで送ってくれるという夢の様なスタート。

雪は無いけど流石に寒い大間岬を後に歩き始めると、間も無く車が停まり、おじさんが「今朝の新聞記事に載ってる二人でしょ。」と、なんと千円の御餞別。こんなこと初めての嬉しい出来事連発で、気合い充分。

今度はテレビの方が取材に現われて、一体どうなってるの状態。

お昼の吹雪きは直ぐに止み、一休みしていると、通りかかった女性から、おやつの差し入れ。この方は記事を見た訳でも無く、通りすがりに自分のおやつを僕らにくれたという、これまた初めての出来事。

一体、青森の方達はなんでこんなに温かいのでしょうか。

今朝、新ちゃんの運転するバスに揺られて、大間岬近くの原発予定地を右手に見ながら、数年後には通れなくなる海岸沿いの道を走りながら、何故日本にはこんなに沢山の原発が必要なのかと考えた。

歩きを再開して、想う事。やっぱり地球の財産は自然だ。

今日は下風呂温泉まで歩いた。冷えた体に温泉がしみた。さ、今日は何処で野宿しよ。

地図表示: Location-Info-Deleted
中渓 宏一

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2007-02-07

青森に到着しました。ARRIVING AOMORI

青森に到着しました。ARRIVING AOMORI

青森に到着しました。ARRIVING AOMORI

青森に到着しました。ARRIVING AOMORI

青森に到着しました。ARRIVING AOMORI

昨晩青森に到着。青森駅近くのホテル、ニュー青森館にお世話になりました。今日は県庁記者クラブで取材を受け、いよいよ電車に乗り、一路、本州最北端の大間岬へ。明日から徒歩を開始です。
青森の前は大阪に一週間滞在しました。感動塾では充実の講演会が出来て、嬉しい出逢いに恵まれました。

週末はワンワールドフェスティバルと、枚方の宇宙人の集いに参加。

月曜日、学校法人山口学園では「地球について考える会」が、社会貢献室の山田さんが中心になり、準備を進めて下さり実現しました。

その日は酒元理事長が夕食会を企画して下さり、六年かけて自転車で百十七ケ国、地球三周分の十二万キロ弱を走破した待井さんに逢う機会を頂きました。冒険家の方は皆、一見とても穏やかで、内側に秘めた強い意思がにじみ出ている感じがします。

大阪滞在中は、前回に続き、昨年屈斜路湖で出逢った、てっちゃん宅にお世話になってました。

てっちゃん、青森に来ちゃたよ〜。

関西は行く度に、文化の深さに魅せられます。おじいちゃんの御墓参りもして来ました。

青森、思ったより暖かいです。さあ、明日からの旅が楽しみになって来ました。先ずはあいちゃんと二人でスタート。皆様の参加を御待ちしてます。

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