2008-06-26

7月3日3時、東京駅での講演のお知らせと近況報告

7月3日3時、東京駅での講演のお知らせと近況報告
ニュースです。

7月3日、東京・丸の内の東京ステーションコンファレンスで、オフィスや商業ビルなどの環境改善をテ
ーマにした「環境フォーラム2008」で講演をさせて貰うことになりました。

http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200806100044a.nwc

僕の講演時間は午後3時から。入場無料です。

僕が話せることは「歩いて木を植える旅の楽しさ」なので、「オフィスや商業ビルなどの環境改善」と
どう絡めて話をするのか。

今回は、「都市緑化」にテーマを絞ってみようと思ってます。

日本を徒歩で縦断して思うことは、都会にこそ森が必要だということ。
関東談震災では、都内に点在した森に逃げ込んだ人は助かり、墨田川などの川に飛び込んだ人は助から
なかったそう。

そんな話が出来ればいいなぁ。

いやー、人生初のビッグイベント。流石に緊張します。

2月に自宅出産があってから今まで、忍路のドームハウスでゆっくりした時間を過ごせました。

生まれて初めて畑も始めてます。

カボチャ、枝豆、ズッキーニ、ホウレン草、ジャガイモ、トウモロコシ、にんじん、ネギ等。とにかく
色んな野菜の種を撒きましたが、雑草との区別が付かない野菜もあって、何事も経験第一を実感してま
す。野菜の新芽が一発で区別出来る様になりたい!

先週はドームハウスで小樽近郊の方達とワークショップをして、野菜や花の種を混ぜて粘土団子を作り
ました。畑に撒いてみます。これもどうなるか楽しみです。

春は植樹もしました。

5月は文京区の目白台公園で、昨年の種まき大作戦の時以来の再会で、神田川ネットワークの方達と椎、
タブ、樫を7本。都心の森がどんどん消えてゆく現状を教えて貰いました。

今年3年目の山梨県でのアースデイキャンプでタブを1本。

アースデイキャンプ最高。来年は東海自然歩道を何日か歩いて会場入り出来ないかなと企んでいます。

そして、北海道の支笏湖で仲間達と植えた30本のハルニレ、ミズナラ、エゾ山桜。支笏湖の周りの森は
2004年9月の台風で、ビックリする位の広大な森が薙ぎ倒されてました。百聞は一見にしかず。自然の力
は凄い。

支笏湖の集まりは、アースデイ北海道の仲間、屈斜路のがってんさんが主催してくれて、半農半エック
スの塩見さんも来てくれました。

塩見さん、年中なんと朝3時起きの生活だそうです。これは驚き。是非真似したい。とおもいながら、相
変わらずの寝まくりライフです。ドームハウスは不思議と眠くなります。

その他、葦舟の仁さんが来てくれたり、六ヶ所村ラプソディーを全国で上映しながら太陽太陰暦のワー
クショップをしている富田貴史さんが来てくれたり、あ、そうだ、洞爺湖の「大地と水の祭り」では、
まーちゃんや祭りに参加した皆と一緒に立派な桜の木を5本、洞爺湖沿いに植えました。

我が家では、忍路神社の境内で採取したイタヤカエデの苗木をポットで育ててます。まだ8cm位。か
わいいです。

今週末もアースデイの仲間と中学校跡地で植樹祭をします。

ふー、いきなり近況を書きまくってますが、最後にまたまたニュースです。

スペインと中国に行くことになりました。

スペインのサラゴサで開催される「水の万博」と、ポールの北京オリンピックウォークに参加する為で
す。

東京FMのカリスマDJで大学の同級生の堀内くんの粋な計らいで、そんな旅が実現しそうです。

栗城くんとのチベット行きは残念ながら許可が下りずに断念。そうしたらこんな嬉しい話が。

相変わらず、生かされて居ります。

「質素に謙虚に」を忘れずに2008年を楽しく過ごしたいです。

p.s.平和の火をヒッチハイクで福岡から北海道まで運んでくれたヒサちゃん、ユリエちゃん、元気にや
ってますかー?

写真:屈斜路湖のガッテンさんの愛息子「しゅうしゅう」

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2008-06-07

人の間の力

人の間の力
最近「人間力」について考えた。

人間力って何だろう。

サバイバル能力?

「人間力(にんげんりょく)とは、人間としての総合的な能力のことを指す。学力やスキルのみに依存
しない。」

とウェブの辞典に書いてある。

人間としての総合的な能力かー。僕は正にその「人間力」を追い求めているのかも。

で、ここ最近、この人間力を持っている人達に沢山出逢った。

「風人の祭り」を全国で展開するまーちゃん、耕せ!!にっぽん!を合言葉に北海道で農業を始めた中
村文昭さん、豪快な号外を全国に配ったり、内モンゴルで木を植えているてんつくまん。皆噂に聞いて
いたけど、逢ってみるとやっぱり惹き付けられる魅力がある。そんな魅力こそが人間力で、その魅力を
僕は「社会を良い方向に変える力」を持っている人に感じる。

具体的な行動で社会を変えて行く人も居れば、音楽を通して変えて行く人も居る。

今年3年目になるアースデイキャンプに参加させてもらい、1本ではあるけど、木も植えさせてもらっ
た。

アースデイキャンプで聴いたアイヌのOKIさん、そしてディジリドゥーのGOMAさんの音は心に直接響いた

音楽の力は凄いなー。

洞爺湖の大地と水の祭りで聴いた「まーちゃんバンド」もやっぱり最高だった。

ということで、何だか人間力について書いてるけど、実は昨年特別賞を頂いた「人間力大賞」に今年も
エントリーした。

昨年は昔の会社の同期だった塚ぽんがエントリーしてくれたけど、今年は僕の方から塚ポンに頼んでエ
ントリーしてもらった。


賞がもらえるかどうかは別として、自分のテーマである「人間力」を追求する為にも、この人間力大賞
に参加して、各地で活躍する人間力溢れる人達に出逢えたら嬉しい。

人間力に「の」が付くと、「人の間の力」になる。

人間力を持った人同士の間に力が働いて社会が変わって行く。


それにしても、実は一番人間力を感じるのが隣の畑のおばあちゃん。

最近、大家さんの畑を借りて耕してるんだけど、場所はなかなか急な山の斜面。畑に行くだけでちょっ
とゼーゼーしてしまうんだけど、そんな畑に朝4時過ぎからせっせと毎日通っている隣の畑のおばあち
ゃん。

良く管理された畑は芸術作品みたい。やっぱりお百姓さんの智恵は凄い。

元気に育った枝豆の苗を沢山分けてくれた。

お地蔵さんみたいな優しい笑顔で。

目指すはそんなお爺ちゃんかな。

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2008-06-04

チベットへの旅、延期のお知らせ

チベットへの旅、延期のお知らせ
小樽は快晴。海の優しい風が爽快です。

チベット行きの件、中国政府からの許可が未だ下りず、延期の可能性大となりました。

後は宇宙の流れに任せて、次のニュースを待ってみます。

いやー、是非とも実現して欲しいですが、ここは期待に胸を膨らましすぎずに自然体で待ってみよっと

写真は今日の忍路の朝陽です。

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2008-05-27

「チベットで木を植える。」

「チベットで木を植える。」
チベットで木を植える?

いきなり変わったタイトルですが、実は、6月の半ばから2週間、チベットに木を植えに行く旅を計画
中です。

この計画はある日突然決まりました。

4月に登山家の栗城史多君が我が家に遊びに来てくれました。

栗城君は世界7大陸の最高峰の単独登頂を目指す北海道出身の登山家。25歳の青年です。

2年前に知人の紹介で初めて札幌のファミリーレストランで出逢った時は、その親しみやすく、謙虚な
姿勢がとても印象的でした。登山家というと、「何処かストイックな人」というイメージを勝手にもっ
ていたのですが、栗城くんは本当に気さくな、礼儀正しい青年でした。

昨年末に南極大陸最高峰のビンソンマシフ単独登頂成功のニュースを見つけて、「さすが栗城くん」と
喜んでいたら、その栗城くんが4月に我が家に来てくれた訳です。

栗城くん、今年9月にはいよいよヒマラヤへの単独登頂を予定していて、これが達成されると、7大陸
最高峰の単独登頂が達成されます。

そのヒマラヤ単独登頂を前に僕と講演会を開きたいと言ってくれました。やった。なんと光栄な。

栗城くんは2年前同様、やっぱり謙虚で快活で、以前と何も変わっていませんでした。「大人物とはこ
ういうものなのかな。」なんて思いました。

そして後日、栗城くんから電話が。

「中渓さん、チベットに一緒に木を植えに行きませんか?」

「チ、チベットに木を植えに?!」内心はとても嬉しいのと驚きとがごっちゃになっていましたが、こ
こはちょっとクールに「是非木を植えに行きましょう。」なんて感じでお応えしました。

栗城くんは山と対話しながら登山をするそうです。そんな姿勢が今まで6大陸の最高峰の単独登頂を可
能にしていたのだと思います。そして、「世界最高峰の山、エベレストに単独登頂する前に、エベレス
トと同じヒマラヤ山脈の霊峰、チベットのカイラス山に挨拶に行きたい。その際にチベットの平和を願
って木を植えたい。」と思っていて、「一緒に木を植えに行きましょう。」と声を掛けて頂いた訳です

チベットでの植樹。正直、僕は知識不足で何をどうやって植えるのが良いのか模索中です。

そんな中、友人、知人のアドバイスのお陰で少しずつ情報が集まってきました。

本出版に向けて文章を書きながら、チベット植樹情報も載せて行きます。

写真は南極大陸の登山に行った際の栗城くんの写真です。

栗城史多君のサイト
http://kurikiyama.jp/index.html

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2008-05-12

コンビ再開 (本出版に向けて・その84)

「機会は鳥のようなものだ。飛び去らないうちに捕らえよ。」
シラー:ドイツの詩人

日めくりカレンダーの言葉、二順目に入りました。

いやー、気が付いたら最後にブログ書いてから2週間近く経ってました。

ゴールデンウィークはドームハウスも大盛況。20人以上の人が集まってくれました。

最近は畑も始めて、北海道生活満喫中です。

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富士山から広島までの旅が無事終わり、これから長崎を目指す筈だったが、ポールから意外な相談を受
けた。

「一旦ここで旅を中断して別れよう。」

ポールはきんちゃんと一緒に屋久島経由、沖縄を目指すことになった。僕は鎌倉に一旦帰ることに。

正直ショックだった。ポールと僕が日本に一緒に来てからその日まで、知らず知らずの内にポールにそ
こまで言わせてしまう程、精神的にも、体力的にも負担をかけてしまっていたことに気が付かなかった

ポールときんちゃんと別れた日、僕は原爆ドームの直ぐ近くの川辺で野宿をした。夏の終わりの川辺で
は若者が楽しそうに太鼓を叩いている。僕は日本に帰ってきてからその日までのことをゆっくりと振り
返った。暑い、そしてなかなか辛い道程だった。正直、僕が思っていた以上に寝床を探しながらの木を
植える旅は難しく、そんなことに苛立ってしまう自分が居た。

でもそんな僕と一緒に居るポール、そして一緒に歩きに来てくれたきんちゃんにはもっと辛かったに違
い無い。

7人で楽しくゴールした広島。その広島でまさか一人で野宿するとは思わなかった。

8月末、僕は鎌倉の実家に帰ってきた。

そして広島から長崎までの旅の準備、そして長崎から東京までの帰り道の講演会の準備を進めた。

日本に帰ってきてから出逢った人達に連絡を取りながら、手探りで準備を進めてゆく。
嬉しいことに広島、福岡、天草、大阪、四日市、鎌倉、東京でのポールの植樹、講演会の話が纏まって
いった。

そんな準備をしながら、「今頃ポールときんちゃんは沖縄でどうしてるかな。」と考える。

メールと電話でやり取りしながら、10月後半に広島でポールと再会。夏にお世話になった定信さんが集
めて下さった人達に講演、定信さん宅で木を植えて10月22日に広島から長崎までの旅をスタート。

暑い夏から季節は秋になり、ポールは屋久島や沖縄の多良間諸島、本島でも木を植えてゆっくり休養も
出来て、元気だった。僕も鎌倉の実家でゆっくりさせて貰い、リフレッシュ。

コンビ再開で清々しく平和公園から旅をスタートした。

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2008-05-01

広島までのウォークで出逢った人達 (本出版に向けて・その83)

広島までのウォークで出逢った人達 (本出版に向けて・その83)
「天才はすなわち忍耐である。」
ビュフォン:フランスの博物学者

博物学者って初めて聞きました。

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(2004年8月13日の日記から)
6月23日に朝霧のフェアリーテールからスタートした富士ー広島ー長崎ウォークの後編です。朝霧から名
古屋までは東海自然歩道で自然を満喫したポール。幾つもの峠を越えて、体力的にはきつかったものの
、精神的にはとても充実していた様子。その間はきんちゃんがお供をしてくれました。

僕は名古屋から合流。名古屋から広島までは殆どの間国道を歩き、自然を満喫することは少なかったの
ですが、素晴らしい出会いが沢山ありました。今までの日記で書きそびれてしまった人をここに紹介し
ます。

岡山、倉敷での植樹を企画して下さった松井美紀さん。「世界平和と祈りの日」でポールの講演会を聞
いて下さってた御縁で、今回の植樹を企画 してもらいました。彼女は着物の生地を機織りしている職人
さんで、その過程には一切機械が使われていません。家には昔ながらの手動の機織り機が置いてあり ま
した。将来は日本の大事な技術を伝える人間国宝になったりして。

彼女の紹介で、倉敷の内山さんにもお会いさせて頂き、江戸時代からの立派な旧家に泊めさせて頂きま
した。この素敵な御家はギャラリーとしても使われているそうです。内山さんには阿智神社での植樹を
企画して頂き、その後は倉敷郊外の田んぼの中にポツンとある、巨石がゴロゴロ、2本の木がバッテンに
なって植わっていたりするとても神秘的な小山に連れて行ってもらいました。

そう、そして忘れてならないのが、「元気酵素風呂」。松井さんの紹介で連れて行ってもらったこの酵
素風呂、発酵させて、最適温度の55- 6度で管理された米ぬかの山に体を埋めてもらいます。5分もする
と汗だく。なんでも自然界の抗生物質と言われている「マイシン」なるものが熱を発してい て、この中
に入っていると癌も治ってしまうらしく、大注目を集めつつあるらしいです。アフリカにこの酵素風呂
を伝えて、エイズを倒す計画を持つ素敵な大将 が経営している元気酵素風呂に入った後は体がポカポカ
、で、すっきり軽く感じました。睡眠もバッチリ。又行きたいです。

広島での植樹を企画して下さったのが堀田さん。ポールの事を紹介して下さったFM東京の放送を聞いて
いた堀田さんが始めて連絡を下さったのが5月。7月の放送後に又連絡をくれて、広島の3箇所での植樹を
企画、木まで提供して下さいました。堀田さんは広島市内のパン屋さんで朝3時から毎日パンを作ってら
っしゃいます。先日は堀田さんの車で、皆で一緒に大三島までドライブに行くことが出来ました。

その堀田さんに紹介して頂いたのが岸本さん。岸本さんは広島銀行に勤務されながら、「むすひフェス
ティバル」なるものを奥様と企画、運営なさってます。(詳しくはリンクご参照)「このフェスティバ
ルが縁で結婚した方も居るんですよ。」と嬉しそうに語る岸本さん。

最後に定信多紀子さん。14人家族で「愛の架け橋」を運営なさっている下中さんにご紹介して頂き、2泊
させて頂きました。原爆の当日、当時 13才で、登校途中にたまたま古江のご実家に戻って一命を取り留
めた定信さん。毎年、講演会でその体験を若者に伝えています。一緒に住んでいらっしゃるお母様セキ
ノさんは98歳で、被爆者の最年長だそうです。

こうやって書き始めると、まだまだ書き切れない程、色々な方の協力で、今回の旅が実現してます。広
島到着直後、快く6人からの大所帯の私 たちを泊めて下さった三瀧寺の住職様、宮島の大聖院の住職様
、そして突然の依頼に応じて下さった下村家の皆様にも、改めてお礼を申し上げます。

(当時の日記以上)

写真:定信さん、母のセキノさん、ポールときんちゃん

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2008-04-30

いざ広島8月6日 (本出版に向けて・その82)

いざ広島8月6日 (本出版に向けて・その82)
「笑われて笑われて 強くなる。」
太宰治

おかげさまで携帯復活です。

昨日はなんと、我が家の前の海にトドが出現。定置網にかかった魚を捕りにくるそうです。トドですよ
。トド。

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大阪では英国領事館を訪ねた。ス−ツでビシッと決めた領事は、汗だくのシャツと半ズボン(ポ−ルは
ちゃんと長ズボンはいていた。)で現れたポ−ルと僕を温かく迎えてくれた。

8月6日、広島の平和記念公園で植樹をしたいので、その後押しをお願いしに行ったが、思わしい結果
は得られなかった。今思い起こせばかなり無理のあるお願いだったかもしれない。でもその時の僕達に
とってはトライする価値が十分にあることだった。

ジンバブエでもザンビアでも、そして日本でも英国大使館、領事のポールの活動に対する理解は何時で
も寛大で前向きだった。大阪の領事を訪ねて具体的な成果は無かったが、温かく迎え入れてくれたこと
だけでも僕達の、特にポールにとっての励みになった。

世界一周の船旅を企画、運営しているピースボートの大阪事務所でポールの講演会もやらせてもらった
。これから世界一周を控える元気な若者に出逢えて、またそれだけで元気を貰った。

旅の疲れを癒してくれるのは、やっぱりそんな嬉しい出逢いにある。

ポールと僕はそんな大阪の日々で、8月6日の広島に向けて歩く気力を充電させてもらった。

群馬の実家に里帰りしていたきんちゃんも戻って来てくれて、大阪からは3人の旅になった。須磨海岸
や武庫川で野宿をして、西宮では日本初、小学校での講演と植樹が出来た。西宮では小学校での環境学
習が積極的に行われていた。

岡山に入った辺りから、歩く仲間が段々と増え始めた。岡山市で一緒に木を植えた、たいちゃんは当時
18歳。次の年からカナダへの留学が決まっていた。やたらと思いリュックの中身を調べたら、実は参
考書持参で来ていたのが可笑しかった。

ザンビアで逢った鎌倉の鉄平くんが友達のマキコちゃんと、そして愛知から加藤くんも来てくれて総勢
7名で広島の平和祈念公園を目指した。

最後の数日は夜遅くまで歩く強行軍で、マキコちゃんの足の指はマメで膨れ上がっていた。
他の皆も小さなマメや筋肉痛に悩まされる。
それでも、神社で野宿したり、コンビニの前で宴会をしたり、北広島では木を植えることも出来て、7
人の旅を皆楽しんでいた。一歩一歩前進する毎に7人の一体感が増して来るのを感じた。

いよいよ広島まであと一息。峠越えのルートを選ぶ。都会に入る前に皆で川で泳いだ。8月の真っ只中
、冷たい水が気持ち良かった。眼下に広島の街並みが見える。

8月5日夜、お好み焼きの夕食を済ませて平和記念公園に到着。7人で公園に野宿。

翌朝、明るくなって気が付いた。僕達は平和式典の会場の直ぐ近くで野宿していた。早朝にポールが東
京FMの生放送インタビューに答える。

式典最中、会場には何とも言えない緊張感が漂っていた。小泉首相のスピーチ。声が小さくて何も聴こ
えない。野次も飛ぶ。式典に参加して、戦争の傷跡は何年も続くことを実感した。

午後の平和祈念公園は午前の式典と対照的にとても楽しげだった。川辺が音楽で溢れる。オーストラリ
アのウラン鉱山から北海道―広島と平和巡礼を続けてきた原発に反対する国籍様々な若者達にも出逢え
た。

夕方からの灯篭流しは幻想的だった。

川の近くの公園では夜遅くまで沢山の若者が集まって太鼓を叩いたり、踊ったり、年齢、人種も様々で
、驚く位に国際的な雰囲気だった。世界の誰もが知っている広島そして長崎。実はそこが世界中の若者
達の大事な交流の場になっていることを体感した。

写真:マキコちゃんの足

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2008-04-27

寝ながら歩く (本出版に向けて・その81)

寝ながら歩く (本出版に向けて・その81)
「価値ある人生は長し」
チャールズ・ヤング:アメリカの天文学者

ここ数日、携帯電話が使えなくなっています。
万が一連絡を下さった方、すいません!
原因究明中です。


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住宅街の中にある神社のちょっとした空きスペースなんかを使って野宿した。朝起きると、近所のおば
あさんがリポビタンDをくれた。そんな小さな触れ合いがとても有り難く、先を目指すパワーに変わる。


友人の紹介で何日かに1回は民泊もあった。屋根の下で布団に入って寝られるのがとんでもなく有り難
く感じる一時。

アースウォーカーの日本語サイトを見つけて京都新聞の記者さんが連絡をくれたので、取材を受けに京
都まで足を延ばすことにした。といっても、8月6日に広島に着く為には日数も限られているので、な
かなかの強行軍だった。

ポールも僕も初めての京都。日曜日の午前中、殆ど誰も居ない京都新聞7階の食堂で比叡山を眺めなが
らとてもリラックスした雰囲気でポールのインタビューが行われた。その後新聞社の前で写真を撮る。
記念すべき日本の初記事。はやり何でも初めてというのは嬉しいものだ。ポールも僕も、それだけで何
だか元気になった。

大阪までの最後の20km程は本当に辛かった。都会に近づき、寝る場所も見付からない。僕達は夜通
し歩き続けた。朝方、力尽きて道路わきの小さな芝生スペースで仮眠を取る。

どちらとも無く起き出して又歩き始める。道路の車線が増え、車の交通量が一気に増え、大都会が近づ
いてきたことが分かる。アスファルトの照り返しで、朝なのに既にムッとした熱気が下から上がってく
る。

僕は生まれて初めて歩きながら寝た。ほんの数mであったが、僕は寝ながら歩いていた。前から自転車
に乗った人が来た。ポールは僕が寝ながら歩いているのに気がついて起こしてくれた。間一髪で自転車
に突っ込む処だった。

大阪城を目指す。ラストスパート。人ごみの中でリュックを担いだ2人組み。大阪城への最短距離を探
しながらまた喧嘩になる。

お昼前にやっと到着。二人ともホッとする。ポールと宏一の日本を歩いて木を植える珍道中パートワン
がなんとか終了した。植樹の成果は名古屋をスタートする時に植えたレモンの木一本。たった一本、さ
れど一本。日本の旅は思った程楽では無かった。

写真:大阪城到着。実は2人ともヘトヘト。

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